月見櫓@Jugem
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骨折り損のくたびれ儲けになるだけ
2010.05.26 Wednesday
10:00
軍艦沈没破裂騒動を北朝鮮の攻撃によるものと韓国が断定して以降、朝鮮半島情勢が大変きな臭くなってまいりましたが、個人的には口蹄疫や在日米軍基地関連、更には連立政権のグダグダ等、国内問題の方がずっと気になる今日この頃です。
何故なら、軍艦沈没破裂騒動の真相はどうせ永遠に不明でしょうし、朝鮮戦争は別に昨日今日始まったものではありません。長年の停戦による韓国人の平和ボケと、金大中・盧武鉉と10年続いた北朝鮮工作員政権によって、韓国の親北朝鮮傾向が強まっただけで、南北朝鮮は1950年の6月25日から2010年の現在も、戦争中の国だからです。
朝鮮戦争について率直に言えば、朝鮮人は朝鮮半島内だけで、徹底的に戦って白黒つけるなり、互いに絶滅するまで殺し合うなり、好きにすれば良いと思っています。朝鮮戦争勃発時にあった、米中ソ代理戦争という意味合いもなくなった今日、義勇軍を含むあらゆる他国軍の関与を一切完全になくし、純粋に朝鮮半島内限定且つ朝鮮人だけで、思う存分心ゆくまで気が済むまで殺し合うということなら、私個人としては朝鮮半島内で戦争が起きることについては、何の異存も完全にありません。
鬱陶しいのは、彼らが周辺諸国の関与を求めていることです。どうも連中の喧嘩の仕方ってのは、今回のような半島全体規模のものであっても、個人同士の喧嘩や、もちろん日韓チャット内における争いなどでも同様ですが、当事者同士で決着させようという意識が非常に希薄に感じられます。
彼らが喧嘩を始めると、声の限りにギャンギャン吠え、罵倒と自分の正当性を喚き散らし、相手を威嚇する合間合間にギャラリーをチラ見しては、自分への加勢を期待します。あるいは、小学生の喧嘩のように「俺の兄ちゃんは6年生だぞ!兄ちゃん呼んだらお前なんかコテンパンだ!」「何を!俺の兄ちゃんなんか中学生だぞ!空手習ってるんだぞ!」といった感じで、自分自身ではなく自分のバックの強さを誇示して相手を圧倒しようとします。今回の南北朝鮮のゴタゴタに伴なう双方のやり取りにも、それと同様の気配が感じられます。
彼らは、一人だと意外に気弱です。そう言うと、「え?」と思う方がいらっしゃることでしょう。韓国人は無駄に自信を持っているなどとよく言いますし、実際そういう素振りの韓国人は一般的です。韓国人個人の力量の高さについて、「韓国人はひとりなら虎だ」などと言うことさえあります(余談ですが、この「韓国人はひとりだと虎」は、「日本人はひとりだとミミズ」と対になっており、更に「韓国人は大勢になると猫になるが、日本人は大勢になると竜になる」と続きますw)。
しかし実際問題として、彼らは密かに怯えていることがよくあります。日韓チャットで日本人ばかりの部屋に入ってくると、「日本人ばかりで何だか怖いですね」とぽろりと言ってしまったり、彼らの無礼にこちらが「出て行け」と退場を言い渡すと、「日本人が命令語で言えば恐ろしいのはなぜだろう」と言ったりします。
彼らが怯える理由について、「他人を謀ろうとする者は怯えるものです」と解釈した日韓チャット常連日本人がおられますが、これは卓見だと思います。彼らが無根拠な自信を必要以上に誇示するのも、「他者を謀ろうとする」という行為にカテゴリすることが可能でしょう。
もっとも、彼らが一番騙しているのは他者ではなく、実は彼ら自身だったりします。ですから、彼らが最も怯えていることは、彼らの実態を他者に気づかれたり、真実を他者に暴露されることなのかもしれません。更に、彼らの実態や真実が暴露されることで、自分が孤立することを、おそらく彼らは強く怯えているのだろうと思います。
今回の半島有事にしても、周辺諸国が揃って「お前らだけで思う存分好きなだけやれ」と突き放せば、意外に彼らは勢いを失ってしょんぼりするのではないかと思います。
それなのに、日本のハト頭な総理大臣は、先頭切って韓国を支援するとかほざいてしまいました。国内問題だけでもあちこち炎上して収拾がつかない状態になってるのに、更に東アジアの火薬庫である朝鮮半島有事に首突っ込む宣言なんて、どう考えても自殺行為です。ハトが個人的に死ぬ分には、自殺行為でも何でも好きなだけやれば良いと思いますが、日本という国と国民を道連れにするのは、何としてでもやめていただきたいと痛烈に思います。
そもそも、日本が朝鮮半島有事に首突っ込んでも、良い結果が出るとは思えません。今回の半島有事が戦争に発展して、その結果北朝鮮が勝とうと韓国が勝とうと、あるいは戦争を回避して南北が奇跡的に平和統一されることになろうと、あるいはそれ以外のどのような結果が出ようと、日本が関与したことを朝鮮人が善意に解釈することは、100%以上の確率で絶対にないと断言します。
もちろん、日本が半島有事に際し何もしなければ、朝鮮人がそれを激しく悪意に解釈するだろうことは間違いありません。しかし、関与してもしなくても、それは同じです。同じ結果になるのであれば、関与しない方が骨折り損もくたびれ儲けもせずに済むというものではないかと思います。
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日韓
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10:00
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「韓国人だからさ」で理解出来るなら簡単なのに
2010.05.23 Sunday
09:00
最近コメントで、「長文で申し訳ありません」と仰ってる方をお見受けいたしますが、弊ブログでは基本的にコメントの長短は特に問いません。問うとすれば内容の有無です。内容があるコメントは長短に関わらず大歓迎しております(なにしろ筆者にとっても、大変参考になりますw)ので、どうぞ奮ってご投稿ください<(_"_)>
というわけで今回もコメントのご質問にお答えする形式から始めようと思います。
コメントにて「(韓国人の)話の筋が通らないが、なぜ(韓国)国内で混乱が起こらないのか?」というご質問を頂戴いたしました。既に回答を提示されておられる読者の方も幾人かいらっしゃいますが、私からもお答え申し上げておきたいと存じます。
まず「ハングルにその原因があるのではないか」というご疑念ですが、これはニワトリタマゴの論争になると思います。
もちろん、ハングル専用による彼らの思考力の低下というのは十分あります。しかし、ハングル専用になる以前は彼らも漢字を用いておりました。
ソウル大学に掲示された1984年3月13日という日付のあるビラ
は、見事な漢字ハングル混用文ですし、1990年頃までは韓国の新聞も漢字混じりだったのです。
日本でもかつて、難解な漢字を廃し、平易な漢字を用いるべく当用漢字を制定し、将来的には漢字を全廃しようとしたことがあります。しかし結局、当用漢字の方が廃され、制限の緩やかな常用漢字となりました。その常用漢字に対しても、追加要望が多いことは時々話題になっております。それは日本人の多くが当用漢字以外の、お上の考えでは「難解な漢字」もあった方が、自分たちの日本語表現がより豊かに、よりわかりやすくなると考えたからでしょう。
翻って韓国では、ハングル専用化に伴なう韓国民の抵抗などは、ほとんど聞いたことがありません。学校教育において、ハングル専用に反対した教師が、独自に漢字を教えようとして罰されたぐらいでしょうか。それについても、特に社会問題になることもなく、韓国国民は非常にスムーズにハングル専用を受け入れたのです。
思うに、韓国人は自分の書いた文章が、他人にどう読まれるかということを考えないのではないでしょうか。自分の文章を読んだ人は、自分が何を考え、何を期待してその文章を書いたかを的確に察し、その考えや期待通りに理解するべきだと思っているのではないかと思います。
それは日韓チャットにおいても、出来るだけ誤解のないような表現を用いようとか、出来るだけ相手に理解しやすい文章を書こうとする韓国人が極めて少ないことからも、十分推察されます。
以前もご紹介したことがあります
が、韓国人は自分の文章や発言について、他人がそれをどのように受け取るかということは、ほぼ考えません。とにかく自分が思ったこと、感じたことを、そのままぶちまけます。それを見たり聞いたりした相手は、その文章や発言に込められた自分の感情や思考を寸分違わず受けとめて、自分が感じたり考えた通りに理解するべきだと思っているのです。
そういう考えの人々であるからこそ、ハングル専用化がスムーズに行われたのではないかと思います。
これを前提として、「何故(韓国)国内で混乱が起こらないのか?」というご質問にお答えしますと、現実問題として混乱は多数発生していると思われます。コメント欄で紹介された「防水」と「放水」についてはニュースになりましたが、ニュースにならないレベルの混乱は、韓国ではもはや日常キムチ飯でしょう。
その混乱を回避するために、同音異義語の多い漢字語を朝鮮固有語に置き換えようとする運動もあるようです。しかし、韓国語に占める割合が7割とも8割とも言われる漢字語を全部朝鮮固有語に置き換えることは、ほぼ不可能でしょう。
と言うわけで「何故(韓国)国内で混乱が起こらないのか?」というご質問に対する回答は、「起きてます」なわけですが、それじゃ答えとしてはあまりに不親切かと存じますので、蛇足ながら「現実問題として混乱が起きているならば、韓国人はそれをどう思っているのか」を付け足しておきます。これは至って簡単で、ほぼ全ての韓国人が「自分は悪くない」と思っているだけでしょう。
韓国人にハングル専用における「同音異義語問題はどうするのか」と聞けば、皆が口を揃えて「前後の文脈で判断するからケンチャナヨ」と答えます。しかしそれが真っ赤な嘘であることは、前述の「防水」と「放水」のニュースからも容易にご理解いただけると思います。
彼らが他人の文章を読むときに、前後の文脈から文意を把握しようと努めることはあまりありません。あっても、それを確認するということをしません。その結果誤解やトラブルが発生しても、双方が「自分は悪くない」と考えます。非があるとされた方は、それを不当な決め付けや差別によるものだと考えるか、半万歩譲っても「お互い誤解があった(=自分に非があったかもしれないが、相手にもあった)」と考えます。
それでは、「混乱が起きていながら、全ての人がその混乱に対する責任を認めない社会が、社会として成立するのか」という疑問が生じると思います。確かに日本人的には想像を絶する社会ですが、それが「朝鮮人社会」というものだと理解するしかありません。それを解説することは、韓国人を解説すればするほどややこしくなるのと同じことになります。
弊ブログでは、解説すればするほどややこしくなると言いながら、それでも韓国人を解説し続けております。その結果弊ブログをご覧の方の中には、「毎回同じことの繰り返しばっかりだ」とお考えの方もいらっしゃることと存じます。実際そのようなコメントも頂戴いたしておりますし、確かに、そのとおりだと書いてる本人も思いますw 上記のご質問に対する回答も、実は既に過去記事の中で言及しているものがほとんどです。
弊ブログ執筆にあたって、協力してくださる方は大勢いらっしゃいます。しかし執筆しているのは私一人です。担当編集者がいて、書き上げた原稿を公開する前にアドバイスをくれるわけでもありません。その上、テーマとするのは半万年進歩のない連中についてです。これで三日に一度、目先の変わるものが書けると言うなら、私がそういうブログを読みたいぐらいですw
知識として、韓国人を知るだけであれば、韓国・朝鮮関連の書籍の50冊も読めば、大体把握出来ると思います。ただ、韓国・朝鮮関連の書籍には韓国人の「薄くて浅くて上っ面」に惑わされている物も少なくありませんし、また「わざわざ書かなくても、こんな本読むぐらいならわかってんだろ、それぐらいw」的に、ぼかしている本もあります。
韓国(人)について赤裸々に書かれた本があり、それを読んだとしても、日本人はそれを俄に信じられません。それを何とか信じたとしても、「仮に韓国(人)がこの本に書かれているとおりだったとしても、それは過去のことだ」「今は違う」「これから変わる」などと考える日本人が圧倒的に多いでしょう。
弊ブログにおいて、同じことを何度も何度も何度も何度も(中略)何度も繰り返すのは、彼らが半万年変わらず、また少なくともこれから先、半万年は変わることがないだろうということをお伝えしたいからです。ですから、「韓国人とはこんな奴らで、少なくとも自分が生きている間に彼らが変わることは絶対にない」ということが揺るぎなく確信出来る方ならば、弊ブログを読む必要はあまりないかもしれません。
では何故お前はこんなブログ書いてるんだ?お前自身は、「韓国人とはこんな奴らで、少なくとも自分が生きている間に彼らが変わることは絶対にない」と確信出来ていないのか?と逆に疑問に思う方がいらっしゃるかもしれません。実はある意味、そのとおりなんですw
韓国から目を離し、意識から遠ざけると、あんな国あんな連中が現実に存在するということを忘れたがっている自分に気づきます。それを自ら戒めることも、私がこのブログを書き続けている理由のひとつだったりするのです。
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日韓
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09:00
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「朝鮮人のような真似」について考えてみた
2010.05.20 Thursday
11:00
先日、コメント欄にて「翻訳チャットで、韓国人が以前ほどやって来ない&謝罪と賠償を求めない…と綴られていましたが、原因はなぜでしょう?」というご質問を頂きました。既に回答されている読者の方もいらっしゃいますので、私からはごく簡単に申し上げておきます。
ご質問の原因にはさまざまな理由が考えられますが、ひとつには「反日は現在の韓国のホットイシューではない」というのがあると思います。
彼らの意識は、かなり強く深いレベルで彼らの社会全体の意識と連動しております。狂牛病騒動に端を発した燭火集会の時もそうでしたし、「勝てそうなスポーツ」における彼らの異常な熱狂をご覧になった方ならば、それは容易にご理解いただけるでしょう。
要は現在の韓国では、「反日では熱狂出来ない」というのが社会全体且つ彼ら個人個人の意識であり、それが日韓翻訳チャットに来る韓国人にも反映されているだけではないかと思います。この場合、反日意識は消滅したわけではなく、「流行が過ぎた話題」として埋没しているだけです。火種が消えたわけではありませんので、きっかけがあればいつでもすぐにでも炎上するでしょう。
さて、今回は「朝鮮人のような真似」についての考えてみました。
朝鮮話法の典型的なパターンに、「あらかじめ結論を決めてから、それに従って論理を組み立てる」というのがあります。例えば竹島問題ならば、彼らの話は必ず「ドクトウリタン」から始まり、必ず「ドクトウリタン」へと帰結します。「竹島は果たして日韓いずれの領土であるか」という話から始まるように見せかけることはありますが、実際にそこから話が始まることは、絶対にありません。
「ドクトウリタン」からスタートした彼らは、散々にマジェマジェグールグルを繰り返し、知る限りの難しそうな言葉や、どこかで聞き覚えた自分でも意味のよくわかっていない比喩などを総動員します。あるいは、誰かが使っていた何だかスゴそうな単語も並べてみます。捏造や歪曲を存分に施した資料や、妄想や恣意に基づいた資料解釈も、あれば混ぜ込みます。
その際の文言は、難解であればあるほど、また冗長であればあるほど良いと、彼らは考えているようです。聞き手や読者が混乱に陥るような難解な文章や飛躍した論理展開は、彼らの考えが凡人や愚者には容易に理解出来ないほど深淵にして高尚なものだという証拠になると、彼らは考えているのでしょう。
その勢いが余って、自分でも何を言ってるのかよくわからない文章や発言になることもしばしばありますが、そんなことはケンチャナヨです。何しろ彼らの「結論」はあらかじめ決まっているのですから、そこへ至る論述内容がどう展開して、どこへどう転がろうとも、大した問題ではありません。
気が済むまでマジェマジェとグールグルを繰り返し、読む者聞く人を混乱に陥れた挙句、彼らはおもむろに「あらかじめ決まっていた結論」へと到達してみせます。その結果彼らは「あれだけたくさんマジェマジェグールグルしてみせた」という達成感と、「自分の結論はやはり正しかった」という満足感を得るわけです。
あらかじめ決まってる結論が、偶然にも正しい(あるいは妥当)であるという可能性も無くはありません。その場合は結果オーライで済むでしょう。理屈抜きの動物的直感で正しい(あるいは妥当な)結論を察知し、それを証明するために後から論を組み立てるという場合もあるかもしれません。
しかし朝鮮思考が標準の場合、常に正しい結論を導き出すことが出来るとは限りません。むしろ朝鮮思考であるが故の斜め上の結論に至ったり、その斜め上結論に基づいた素っ頓狂な言動で自爆する例が多いということは、ここ数年のネットの普及によって、既に広く知れ渡っています。
これは実は、朝鮮人の専売特許というわけではありません。リアルであれネットであれ、そういう思考パターンと言動を見た経験のある方は多いでしょう。弊ブログにも、稀にではありますが、そういう御仁がお見えになることがあるぐらいですから。
弊ブログで足掛け5年、記事数にして800余を費やして述べてきたことを一言で言えば、「朝鮮人のような真似をするな」になるでしょう。しかしこれは、端的過ぎて誤解しやすく、また誤解されやすい一言でもあります。それ故に弊ブログでは、これだけの時間と文字数を費やしてきたとも言えます。
誤解しやすく、また誤解されやすいだけに、他人様に向かってこの一言は、なかなか言いづらいものがあります。しかし他人様に向かって言いづらくとも、その真意を理解しているならば、自分に言うことは出来るでしょう。
私もいつも、自分自身にそう問いかけています。実は時々心当たりがあったりして、ひとりでこっそり凹んでいることもあります。
たとえ思わず自分でやってしまうようなことがあったとしても、やはり「朝鮮人のような真似」は嫌だと思います。そう思う気持ちを持ち続け、少しでも「朝鮮人のような真似」を減らしていこうとする限り、「朝鮮人そのもの」にはならずに済むのではないでしょうか。逆に、やってしまった「朝鮮人のような真似」を正当化するようになれば、実際の血統や国籍に関わらず、立派な朝鮮人と言って良いでしょう。
実際の血統を変えることは出来ませんし、法律上の国籍もなかなか容易に変えられるものではありませんが、精神的に朝鮮人になることは意外に容易だったりします。
ただ、一度精神的に朝鮮人化してしまうと、そこから抜け出すのは容易ではないでしょうし、周囲に与える影響を考えても良い結果になるとは思えず、やはり弊ブログとしては「朝鮮人のような真似をするな」と再度申し上げておくべきかと存じます。
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日韓
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11:00
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話を尚更にややこしくしている人たち
2010.05.17 Monday
10:00
韓国人を知らない日本人は、韓国人を日本人と何ら変わるところのない、普通の人々だと思うでしょう。即ち、韓国人と言っても、単に話す言葉や属する文化が異なるだけで、日本人と同じ人々だと思っています。そう思っているから、そういう人々は韓国人とも「話せばわかる」とか「交流で相互理解が可能である」と無意識に思い込んでいます。
韓国人と直接接触する機会がない人や、その機会が極めて少ない人であれば、概ねこの段階から先へ進むことはありません。韓国人と接しなければ、彼らを日本人と同じと思い込んでいたとしても、特に何の支障も問題もないからです。
ただ、「韓国人と直接接する機会がない人」や「その機会が極めて少ない人」は、かなり恵まれた人でしょう。日本で一番多いのは、望むと望まざるとに関わらず韓国人と直接接する機会が多少ある人だと思います。
そういう人々は最初、韓国人と接する内に微妙な違和感を感じるでしょう。しかし大抵の人は、その微妙な違和感をあえて意識しようとしません。それどころか、自らさまざまな理由をつけて、積極的にその違和感を打ち消したり、意識しないようにします。
日本人の圧倒的多数はおそらく、この段階までの人々だと思います。
次に、韓国人を更にある程度知るようになった人は、今度は彼らに嫌悪を感じるようになります。韓国人とは、さまざまな点で日本人と相容れず、分かり合うことが出来ない人々であることを、嫌程思い知らされます。
但し、この段階に来た人の多くは、それをあまり露にしません。何故なら、韓国人の醜怪な部分は必ず、彼らが標準装備している「薄くて浅くて上っ面」に覆い隠されているからです。
彼らの「薄くて浅くて上っ面」は、確かに薄いし浅いし上っ面だけではありますが、遠巻きにするだけの人や、すれ違うだけの人には十分通用します。それを引っ剥がす行為自体が、日本人にとってはあまりお行儀のよろしいことになりません。日本人だって、装ったり鎧ったりすることはありますから。
綺麗にお化粧している女性をいきなり取っ捕まえ、その化粧を無理やり剥ぎ落として、「見ろ!こいつは化粧でごまかしているが、本当はこんなにブスだ!」と叫ぶような行為は、たとえその女性が本当にブスであったとしても、やはり褒められた行ないではありません。韓国人の本質を暴き、それを周知する行為は、往々にしてそういう行為と混同されるのです。
ただ、もしその女性自身が、綺麗に化粧を施し、美しく装ったその姿を、生まれながらの天然自然のものであると心の底から信じており、そう主張するのみに留まらず、それを以て相対的に周囲の者を貶め、あるいは無意識的に騙し、もしくは積極的に誑かすのであれば、どうでしょう。
そう考えていただければ、韓国人の表層とその内部のギャップを知る者が、それを周知したい気持ちに駆られるのも多少はご理解いただけるかもしれません。
韓国人の表層と内部のギャップを知るほどの者になれば、周囲にそれを周知したくなるのと同時に、出来れば韓国人と関わりたくないと思うようになるでしょう。
何しろ彼らは、日本人の精神衛生に大変よろしくありません。知れば知るほど嫌悪を抱きます。それを周知する行為は、する者もされる者にとっても、精神衛生的に大きなダメージがあります。その存在を物理的に滅することが叶わぬ望みであるならば、せめて自分との関わりだけでも断絶したいと願うのは、極めて自然な感情だと思います。
ここで、その願いの障壁になるのは、「薄くて浅くて上っ面」を引っ剥がされたくない、あるいは「薄くて浅くて上っ面」そのものを認めたくない韓国人自身だけではありません。韓国人をよく知らない日本人や、韓国人を知る知らないに関わらず、何らかの意図や魂胆があって、韓国人の「薄くて浅くて上っ面」を支援する人々です。
韓国人をよく知らない日本人は、しかたがありません。そういう人の前でいきなり嫌がる韓国人をねじ伏せて、その表層を引っ剥がして見せても、そういう日本人がまず見るのは、暴かれた韓国人の内部ではなく、「嫌がる韓国人をねじ伏せる日本人の極悪非道な姿」です。
だから韓国人をよく知らない日本人には、段階を追い、言葉を選び、資料を揃え、実例を見せ、時間をかけて徐々に伝えていくようにしております。あるいはいきなり襟首を捕まえて、海に放り込むという方法もありますが(在特会なんかはこちらのやり方ですね)、それで泳げるようになる人ばかりではありません。そうすることで、人によっては水に近寄ることそのものを嫌うようになるかもしれませんし、泳げるようになったとしても、我流の泳ぎ方を覚えてしまって、そこから先へ進めなくなる人もいるかもしれません。
この辺のメソッドについては、人それぞれの考え方や、あるいは向き不向きがあるので、一概にどのやり方が正しいと言うつもりはありません。時間をかけて徐々に知る方法のあまりのコストパフォーマンスの悪さ迂遠さに、途中で倦んで投げ出す人も多いのです。それは日韓チャットの日本人参加者の数や、弊ブログの読者数の変遷からもよくわかります。
いずれにしても、韓国人をよく知らないという人々については、追々よく知ってもらうしかしかたがありません。
それより問題は、「何らかの意図や魂胆があって、あえて韓国人の内部の周知を阻止しようとする人々」でしょう。彼らは字義通りの確信犯です。
彼らの戸籍上や血統上の国籍は、この際あえて問いません。問うべきは精神的な国籍でしょう。その場合も、別に特亜国籍とは限りません。日本人でありながら、何故か
「私は日本人です」と公言したくない人々も、日本人の中には厳然と存在します
。
そういう人々にとって日本人が日本人という自覚を持ち、日本を愛し、日本に誇りを持つことほど鼻持ちならないことはありません。彼らは、日本人が日本人であることに罪悪感を抱き、常にへりくだり、周辺諸国、ことに特亜三国の顔色を窺い、恥じ、萎縮し、卑屈になっているべきであり、それこそが日本人的美徳であると考える人々です。
そういう人々の日本人観は、韓国人と非常にシンクロしやすいのです。実はそういう人々は、必ずしも韓国人に詳しくありません。おそらく韓国人そのものについてさほどに関心がないか、あるいは韓国人の内部の醜悪さを認めることで、相対的に彼らが貶めたい日本人の方がずいぶんマシということを認めたくないが故に見ようとしないためでしょう。
韓国人の方も、韓国人の「薄くて浅くて上っ面」しか見ようとしなかったり、韓国人の日本人観とシンクロする日本人観を持つ日本人を、「良心的日本人」と言って殊更に褒め讃えるので、彼らは尚更に癒着しやすいのです。
韓国人単品であっても、彼らの「薄くて浅くて上っ面」や「マジェマジェ癖」にてこずらされるのに、更にそれを確信犯的にバックアップする日本人がおり、その存在が日本人と韓国人との関係を尚更ややこしくしていることを、
枚方市の人権政策室動画
を見て、改めて痛感し、頭を抱えた次第です。
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日韓
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自分がすればロマンス、他人がすれば不倫
2010.05.11 Tuesday
12:00
先月中旬頃によそ様のブログで、韓国の口蹄疫が猖獗を極めているという報道が紹介されているのを見て、「多分ケンチャナヨ防疫してるから、いつまで経っても収まらないんでしょうねえ」などとせせら笑っていたら、幾らも経たないうちに宮崎県に飛び火して、我が日本が大変なことになっております。
思えば日韓間では、漁業では日本海漁場の乱獲、日本漁船への妨害や攻撃、漁具の盗難や破損の被害が報告されておりますし、農業ではイチゴやコメをはじめとするさまざまな農作物の無断栽培やロイヤリティの不払いは常態となっております。更には日本の農場や果樹園から生産物を直接盗難して韓国で販売しているのではないかと疑われる例もあり、日本の一次産業分野は、多方面で韓国から被害を受けております。この上口蹄疫で畜産や酪農までやられた日には、日本の一次産業は壊滅です。
とにかく口蹄疫に関しては、空気感染する上に感染力が非常に強く、人や車がウイルスを運ぶこともあるそうですので、両国内における防疫活動は当然のこととして、直ちに日韓両国の人的往来を政府レベルで厳しく制限し、感染拡大を防がなくてはならないのではと思います。
さて、話をいつもの韓国考察へと強引に変えます。
私は長年日韓チャットで韓国人を観察して考察を続けておりますが、見れば見るほど、考えれば考えるほど、韓国人という生き物は日本人から見ると非常にわかりづらいと常々思っております。
私がそう言うと、日韓チャットの常連日本人からは「そんなことはない、お前が難しく考え過ぎているだけだ」とよく言われます。確かに、韓国人の本質は、大変単純と言うかプリミティブです。
しかしそこへ「薄くて浅くて上っ面」が乗っかっており、それだけでも十分カモフラージュになっているのに、更にその「薄くて浅くて上っ面」がねじれていたり、不規則配列になっていたりします。
数年来の観察経験から、感覚的には彼らの本質部分が単純で原始的なことは十分に理解しているつもりなのですが、それを人に説明する段になると、表層の「薄くて浅くて薄っぺら」や、そのねじれや不規則配列から説明したものか、それとも単純で原始的な本質から説明したものかと迷って、立ち往生してしまいます。
何しろ表層と本質のギャップが激しい上に、韓国人自身には「薄くて浅くて上っ面」という自覚がまるでありません。それどころか、彼らは自分(と言うか、彼らが謂う所の「ウリ」)を、芯から素晴らしい人物だと確信しています。その確信も、「薄くて浅くて上っ面」な謙遜で覆われていたりしているところがまたややこしいのですが。
彼らが「ウリ」を、芯から素晴らしい人物だと確信しているというのは、先日のチャットログでネタにした
記事
からもよくわかります。
この
朝鮮日報日本語版の記事
も、チャットログの方でリンクした
韓国日報の朝鮮語版の記事
も、ニュアンスはいずれも明らかに「ウリナラを不当に苦しめたIMFに面と向かって堂々と苦言を呈し反省を促す誇らしいウリ尹増鉉企画財政部長官」であって、間違っても「恥知らずな妄言を相手も場所柄もわきまえず吐き散らかしてどや顔をするウリ尹増鉉企画財政部長官」では全くありません。
昨日、日韓チャットの常連韓国人に、先だってチャットログでご覧に入れたのと同じ質問をしてみました。
この常連韓国人は、良くも悪くも韓国人らしい韓国人なのですが、常連日本人の容赦ない韓国人批判を我が身に照らして、思い当たる部分があれば改めようとする姿勢を持つ点で、韓国人としては珍しいタイプの韓国人です。
この常連韓国人に私が「もし、お金がなくなって、誰かに借金したが、返すために苦労をした場合、貸してくれた人に対して、後日に【苦痛を与えられた。お前は反省しろ】と言う人のことを、韓国ではどのような人と形容しますか?」と尋ねてみたところ、その常連韓国人は即座に「賊反荷杖も有分数だね!」と言いました。
この「賊反荷杖も有分数」というのは韓国の慣用表現のようで、日本語に直せば「盗人猛々しいにもほどがある」ぐらいの意味になります。
そこで先日のチャットログ同様、「借りた方」が韓国で、「貸した方」がIMFだと種明かしをすると、さすがに「本当に(韓国の尹増鉉企画財政部長官が)そんなことを言ったのですか?」と俄には信じられないようでした。しかし私が当該記事のURLを提示し、内容をコピペして見せたところ、「あ! 本当にかんしゃくが起こる韓国民族。韓国人は礼儀もなくてに感情的で無識で論理的でもない」と、散々に韓国人を罵りました。
しかし一呼吸入れて落ち着くと、今度は「でも、個人同士ならそのようなのは「恥知らず」と言うのが普通だが、国家レベルなら話は変わります」と言います。
それを聞いて私が「以前、日韓チャットで韓国人に同じ質問をしたら、その韓国人もあなたと全く同じように「個人同士ならそうかもしれないが、国家間なら話は別だ」と言ったよ」と言うと、その常連韓国人は「韓国ではそのようになります。私が以前申し上げたように、韓国人は、自分がすればロマンス、他人がすれば不倫です」と言いました。
この常連韓国人の良いところは、こういう風に「韓国人としてのナチュラルな考え」を変にねじ曲げずごまかさず、率直に私たちに見せてくれるところです。「自分がすればロマンス、他人がすれば不倫」という表現は、韓国人にとってダブルスタンダードがスタンダードであることを説明する場合、実に端的な表現と言えるでしょう。
一般的に韓国人は、自分がすることは何事であれ全て良いように表現し、解釈し、理解します。それが悪いことであっても、「自分がする」場合は、悪いことだとは全く思いません。しかし、「悪いこと」を他人がすれば、その非を訴え、過ちを厳しく咎めます。
先程の「お金がなくなって、誰かに借金したが、返すために苦労をした場合、貸してくれた人に対して、後日に【苦痛を与えられた。お前は反省しろ】と言う」のは、個人同士では過ちだが、国家間ならそうではないという韓国人の理屈についても、「ならば韓国がカネを貸した方で、もし韓国からカネを借りた国の高官が、尹増鉉企画財政部長官と全く同じことを言ったら、韓国人は納得するのですか?」と聞くと、その常連韓国人は「罵ってかんかんになって暴れ狂いますね」と言います。
日本人から見ればこの考え方は不思議でしかたないのですが、普通の韓国人は、この考え方に矛盾を全く感じないようなのです。
そう言えば以前、やはり日韓チャットで複数の韓国人に「
韓国で悪い韓国人に嫌な目に遭わされた外国人が、「韓国人はこんな人だ」と言えばどう思うかと聞けば、韓国人たちは「ひとりを見て全体を判断するのは良くない」と異口同音に言うが、逆に「外国人が韓国で良い韓国人に出会って大変親切にしてもらったので、「韓国人はこんな人だ」と言えばどうか?と聞くと、彼らは「それはその通りだと思うべきだ」と言って何らの疑問も矛盾も感じていなかった
ということがありました。
これらの事例を考え合わせると、日本人の場合、物事は状況を基準に是否を判断しますが、韓国人の場合は主体を基準に是否を判断するのだろうと考えれば、少しはわかったような気がします。しかし、これを人にわかりやすく伝えるには、かなりの時間と言葉が必要になるでしょう。
「自分がすればロマンス、他人がすれば不倫」という言葉は、日本人にも大変わかりやすいと思います。それを正当化しても何の矛盾も疑問も感じないのが韓国人にとっては普通で自然ということを、理屈も何も考えずそのまま飲み込んでしまうのが韓国人理解においては一番早くて簡単で確実ということも、私自身はわかります。
しかし「理屈も何も考えず丸飲みに飲むのが早くて簡単確実」ということを、私自身が納得することは出来ても、他人にそれで納得してもらうことは出来ないだろうなあと思うと、また無駄に考え込んでしまう私なのでした。
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日韓
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